2007年04月11日
ワタシを、ワタシがゆるせるように。
昨日の言葉。
これは、自分自身への言葉。
昨日の登校拒否の子に電話をしてから、
どうもいろいろ考えています。
かなり長文ですが、まだまだ書けそうな勢いです。
言葉にならない思いがあふれています。
自分勝手ですが…まず文字にしたくて。
誰よりも、自分が自分を許せていなかったことに、
ようやく気づき始めた。
今年2月。
4年半続けた宿をやめた。
「完全に次に進むには、作り上げたのと同じ時間がかかる」
と、『おおしろ』の母ちゃん。
私は宿のこともそうだけど、ある事に気づいた。
14年と少し作り上げてきた私の世界が変わった日。
1995年1月17日。
あれから約12年が経って、
もう少しでそれまでの時間を越える。
そのとき自分は本当に
それまで自分が生き残ったことに意味を見いだし
許せるのではないかと
ふと、思った。
『おまけの人生』だと思うようにしていた。
偶然生き残ったのは意味があると
自分に言い聞かせながら生きてきた。
きっと同級生たちもそんな思いだと思う。
でも、本当の意味で自分は納得していなかったのだと思う。
認めたくなかったのだと思う。
肯定してしまえば、喜んでいるようで。
映画『ひめゆり』を見て
「生きたかった」同級生の思いを伝えている
たくさんのオバァたちの声を聞いた。
私はどこまで伝えられるだろう。
…………………………………………………………
「若いのに、すごいね」
勉強はできなくとも、生徒会長をやっていれば
大学を途中でやめようとも、ボランティアと呼ばれる事をしていれば
周りはホメてくれた。
でも、そんな自分をどこかで許せてなかった。
「きちんと」大学で勉強して
「普通に」働くことにこだわっていたのは
誰よりも自分だったかもしれない。
家族の中で一人だけ高卒で、
親にお金を借りて始めた宿もあっさり辞めて就職したり、
あげくに毎日好きなことを一生懸命。
自分でそう決めたんだ、と口では言っていても、
本当は、その決断に自信はなくて
自分で自分を許せてなかった。
昨日、弟が入籍。
弟と自分を比べて
いつからか自分を越えていた弟に
とても劣等感を感じていた。
役割も得意な事も違うのに
「きょうだい」はやっぱ意識してしまう。
そして無意識に周りのすべての人と自分を比べて
優越感に浸ったり、悔しがったりした気持ちが
心の奥底にあるのかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
でも、気づいたって事は何かが変わるに違いない。
自分が自分をゆるせるように
毎日一生懸命やればいい。
そんな風に過ごしていこう。
私の気持ちの奥底にあったもの。
ようやく見つめる事が出来そうです。
いつもにっこり笑うこと。
自分のみにくさを恥じぬこと。
人の身になって思うこと。
忘れかけてた言葉を、三回唱えて今日は寝ます。
これは、自分自身への言葉。
昨日の登校拒否の子に電話をしてから、
どうもいろいろ考えています。
かなり長文ですが、まだまだ書けそうな勢いです。
言葉にならない思いがあふれています。
自分勝手ですが…まず文字にしたくて。
誰よりも、自分が自分を許せていなかったことに、
ようやく気づき始めた。
今年2月。
4年半続けた宿をやめた。
「完全に次に進むには、作り上げたのと同じ時間がかかる」
と、『おおしろ』の母ちゃん。
私は宿のこともそうだけど、ある事に気づいた。
14年と少し作り上げてきた私の世界が変わった日。
1995年1月17日。
あれから約12年が経って、
もう少しでそれまでの時間を越える。
そのとき自分は本当に
それまで自分が生き残ったことに意味を見いだし
許せるのではないかと
ふと、思った。
『おまけの人生』だと思うようにしていた。
偶然生き残ったのは意味があると
自分に言い聞かせながら生きてきた。
きっと同級生たちもそんな思いだと思う。
でも、本当の意味で自分は納得していなかったのだと思う。
認めたくなかったのだと思う。
肯定してしまえば、喜んでいるようで。
映画『ひめゆり』を見て
「生きたかった」同級生の思いを伝えている
たくさんのオバァたちの声を聞いた。
私はどこまで伝えられるだろう。
…………………………………………………………
「若いのに、すごいね」
勉強はできなくとも、生徒会長をやっていれば
大学を途中でやめようとも、ボランティアと呼ばれる事をしていれば
周りはホメてくれた。
でも、そんな自分をどこかで許せてなかった。
「きちんと」大学で勉強して
「普通に」働くことにこだわっていたのは
誰よりも自分だったかもしれない。
家族の中で一人だけ高卒で、
親にお金を借りて始めた宿もあっさり辞めて就職したり、
あげくに毎日好きなことを一生懸命。
自分でそう決めたんだ、と口では言っていても、
本当は、その決断に自信はなくて
自分で自分を許せてなかった。
昨日、弟が入籍。
弟と自分を比べて
いつからか自分を越えていた弟に
とても劣等感を感じていた。
役割も得意な事も違うのに
「きょうだい」はやっぱ意識してしまう。
そして無意識に周りのすべての人と自分を比べて
優越感に浸ったり、悔しがったりした気持ちが
心の奥底にあるのかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
でも、気づいたって事は何かが変わるに違いない。
自分が自分をゆるせるように
毎日一生懸命やればいい。
そんな風に過ごしていこう。
私の気持ちの奥底にあったもの。
ようやく見つめる事が出来そうです。
いつもにっこり笑うこと。
自分のみにくさを恥じぬこと。
人の身になって思うこと。
忘れかけてた言葉を、三回唱えて今日は寝ます。
2007年03月30日
過去と隣合わせの街
先日、新潟中越地震の被災地を2年半ぶりにたずねました。
被災地では、仮設住宅で暮らしておられる方もまだ多く、
雪もあってなかなか思うように進まない、といいながらも
一歩一歩、助け合ってがんばっておられるとのこと。

今年は雪が少ないみたいでしたが、
山間部ではこの通り…

ニュースにもなったそうですが
妙見の道路が開通しました。
川側にはまだ崩れた道路がそのまま。

あの、優太ちゃん親子の車はまだあるそうで
その崩れたガケを無理矢理切り開いて道にして、ハイ開通、
という印象を受けました。
これは、このままなのでしょうか。
神戸は12年経って
ほとんどあのころの風景は見られません。
風景がどんどん普通の生活に戻ってきたからこそ
次に進む力も生まれてきたと思うのです。
もちろん、忘れてしまおうという事ではありません。
でも、これを毎日見ながらこの道を通るのは
とても辛い思いがします。
山間部では、
未だ崩落したままの道路も多いそうです。
その道路を使用する人数と工事費が見合わない、
という理由もあるそうです。
悲しい。
けれど
どうにも出来ない。
せめてできることは
忘れないでいること。
発信していくこと。
小千谷のみなさんの一日も早い復興を
遠くから祈っています。
被災地では、仮設住宅で暮らしておられる方もまだ多く、
雪もあってなかなか思うように進まない、といいながらも
一歩一歩、助け合ってがんばっておられるとのこと。

今年は雪が少ないみたいでしたが、
山間部ではこの通り…

ニュースにもなったそうですが
妙見の道路が開通しました。
川側にはまだ崩れた道路がそのまま。

あの、優太ちゃん親子の車はまだあるそうで
その崩れたガケを無理矢理切り開いて道にして、ハイ開通、
という印象を受けました。
これは、このままなのでしょうか。
神戸は12年経って
ほとんどあのころの風景は見られません。
風景がどんどん普通の生活に戻ってきたからこそ
次に進む力も生まれてきたと思うのです。
もちろん、忘れてしまおうという事ではありません。
でも、これを毎日見ながらこの道を通るのは
とても辛い思いがします。
山間部では、
未だ崩落したままの道路も多いそうです。
その道路を使用する人数と工事費が見合わない、
という理由もあるそうです。
悲しい。
けれど
どうにも出来ない。
せめてできることは
忘れないでいること。
発信していくこと。
小千谷のみなさんの一日も早い復興を
遠くから祈っています。



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