2007年12月10日

近くて遠い、渡嘉敷島。


今日は、渡嘉敷島に行ってきました。

世界でも有数の美しさを誇る海。
今日は天気も良かったので、最高の眺めでした。

神戸の恩師の関係で、国立沖縄青少年自然の家を訪問。
国立の青少年育成施設としては、日本最大だそうです。
ここの魅力は、何と言っても、施設利用が安い事!
テントなどの道具をはじめ、プログラムに必要なものは無料で借りられたり
指導を受けたりも出来るのです。
往復のフェリーが3080円(大人)。
これは、見逃せない!

↓ホームページも充実です。
http://okinawa.niye.go.jp/

職員さんに、島一周、ぐるっと案内していただきました。

まずは、阿波連ビーチ。


そして、島の最南端から望むビーチ。
また海の色が違うんですよねー。


大好きな作家、灰谷健次郎さんのお家にも。
今は空き家になっているそうです。


海を望む高台にある、小さなすてきなお家でした。


そして、国立沖縄青少年自然の家の研修施設がある、とかしくビーチへ。
利用申し込みをしないと、このビーチには入れないので、
ほんとにプライベートビーチなんです。


カヤックなど、いろいろな研修が出来るそうです。
運が良ければ、ウミガメも見られるそうですよー。


もうすぐ島はクジラの季節。
フェリーからも見られるそうです。

今年で第三回を迎える、渡嘉敷島を一周するマラソン。
アップダウンの激しいコースではありますが、
終わってからの島の方との交流パーティーは最高だそうですよ。
(知人が毎年参加しています)
ハーフマラソンだけでなく、短いコースもあるので、ぜひ!
http://www.kuzira-marathon.jp/

最後に、写真はありませんが
集団自決の塔も行ってきました。
沖縄本島に上陸する前、昭和20年3月に米軍が上陸した島。
そして、昭和40年代までここにはミサイル基地があったそうです。
この青少年自然の家はその跡地を利用して作られたそうで、
その当時の米軍兵舎を利用した建物や、倉庫もそのままありました。

その他、水が豊富なこの島では米の二期作が盛んだそうです。
さとうきびは作ってない、という意外なお話。
田芋や米など、水を多く必要とする作物が盛んに作られています。

また、島の高台には「ヒータティヤー」と呼ばれる
『のろし台』があるそうで、
昔、中国からの船がこのあたりを通った時にのろしをあげて
那覇、そして首里王朝に「もうすぐ着くよ〜」と知らせたそうです。
戦後もぼつぼつ使われていて、
現在でも、島を離れる職員さんへの別れののろしをあげたりするそうです。
確かに、「※慶良間見ーしが、睫毛見ーらん」(ケラマーミーシガ、マチゲーミーラン)の言葉通り
那覇からも近いんですよね。
※遠くの慶良間諸島は見えるのに、自分のまつ毛が見えない。
つまり「灯台下暗し」みたいなことです。

渡嘉敷島は那覇からフェリーで約70分。(高速船だと約40分)

手軽に訪れられる離島ですが、
ほんとに知らない事が多いな、と感じました。

ぜひ、また訪れたい島です。  

2007年12月07日

歩き始めよう。

久しぶりの更新です。
いろいろあって、ごぶさたしていました。

ともあれ、元気です。


さて、今日で、会社勤めを始めてちょうど一年。

数えきれないほどの失敗をして
その度に厳しく指摘していただいた。

でも、ホメるところはトコトンほめていただいてきた。


最近、「もし坂本龍馬が営業マンだったら」という本を読んだ。

この本に出てくるのだけれど

「しごと」=止事、私事、仕事、志事…

私がやっていて苦しかったのは、「仕事」。

最近、全然気持ちが苦しくないのは、
「志事」ができてきたからなのかな。


まず、1年。

それはとても濃い1年でした。

来年の私が、今日の自分を笑えるくらい
また大きな一歩を踏み出したいと思います。

今後とも、どうぞよろしくお願いします。  

2007年08月11日

今、何してるの? その2


話は、「なぜ沖縄に来たのか」に飛躍します。

「沖縄には、優しさや思いやりがあふれている」
よく聞く言葉です。
でも、優しさや思いやりは本土でももちろんあります。
ただ、毎日の環境の中で忘れがちになっている人が多い、というだけです。
それに気づいたのが震災で、そのあとの沖縄旅行で確信しました。


誰だって自分が幸せになりたい。
でも、周りが大変な中で自分だけ幸せでもうれしくない。

昔ながらの、顔が見える、そして優しさあふれる街づくりがしたい。
小さくも、そう願ってきました。

そんな中でご縁があって、沖縄で民宿をさせて頂くことになります。

「別荘を造ろう」というオーナーに「民宿にしたら?」という提案をし、
「じゃ、やって!」と任せて頂き、
『ヤポネシア』が誕生する訳です。

沖縄に残る昔ながらの『人間本来の良さ』を
本土に伝える架け橋になろうと思っていました。
しかし勉強不足な部分も多く、
果たして自分はどこまで出来ているだろうと不安でした。


考えが浅い、とはこのこと。
私がやることは大抵本末転倒なことが多いのです。
遠くの家族には心配と経済的負担をかけ、
沖縄の文化をじっくり学ぼうと始めた趣味で仕事をおろそかにしたり
お金をやりくりしようと始めたバイトで本業がおろそかになったり
なんだかんだでお客様にも、そして手伝ってくれていた友人たち、
支援してくださったいろんな方にも迷惑をかけてきました。


「このままでいいのかな…」
ちょっと、帰ろうかな、とも思ってました。正直。


そんな時、今の社長と出会うのです。
縁って不思議です。


次代を担う若者が、
早期にアントレプレナーシップ(チャレンジ精神やモチベーション)を高め、
起業も含めた将来の進路選択・人生選択に役立ててほしいと願って
経済産業省・沖縄総合事務局から委託を受けたこの事業。
それを受託していたのが今の会社です。

そのファシリテーターを、という話をいただいて、
私は、糸満市内のお菓子会社・珍品堂さんと
「未来に誇れるちんすこうを作ろう」との商品開発を担当させて頂きました。
http://asatojinsho.president-blog.jp/e533818.html

県内の企業や、NPO6団体と、中学生が商品開発をするのを
大学生/若者がコーディネートするこの授業は
昔先生になりたかった私にとって、
ひさびさに心震える感じでした。

中学生に未来への思いを問う中で、
当然自分のことも振り返ります。


自分は何がしたいんだろう?


すると出てくるのは漠然とした現状への不安ばかり。

このままでいいの?
—いや、なんとかしないといけない!

じゃ、もともと何がしたかったの?
— …。

で、出た答えは「人とひとをつなぐ人になりたい」という
ずっと変わらぬ願いでした。

自分が何か出来るようになるより
たくさんの人が出来ることを持ち寄った方が
ずっとずっと楽しいはず。

そしていつだって、大切なのは目に見えないもの。


その思いは全然変わってないのに
忘れがちになっていたことに気づきました。


震災で誰もが自分のことで一生懸命だったころ。
それでも優しい人がたくさんいたあの頃。

命があれば、大丈夫。
モノがなくても、人がいれば。
だいじょうぶ、今日も生きている。

そんなことを毎年自然学校で出会う子供たちに伝えてきました。


私には、伝えたいことがある。
大切にしたい想いがある。
しっかりそれを毎日に活かしたい。


「お金をもらって働くのは労働、
社会に貢献して初めて、それは仕事となる」

先日出会った営業マンの方に教わった言葉です。


沖縄に来てずっと、
私のテーマは『脱・ただの人』でした。

これといった資格もなく、それどころか高卒で、
経験もない上に性格はいい加減。。。
他の人と比べてないものを探すのは得意でした。


でも、それではいけない。
私も何か、本当に人のために、
そして自分のためになることをやっていきたい。

中学校での授業を通して
夢に向かって、もっと具体的に進んでいきたくなったのです。


そうして、いろんな方のおかげで、
12月から今の会社で働き始めました。
2月には一人暮らしを始めました。
またしてもたくさんの方に迷惑をかけ
それでも幸せになれと応援して頂きました。

これまで
自分が進もうとした道を
応援されなかったことはありません。
ほんとに幸せものです。

そんなことにも気づかないでいた傲慢さも
今の仕事を始めて、ずいぶん意識するようになりました。
  

2007年08月11日

今、何してるの? (その1)

「何してるの?」とよく聞かれます。

話し始めると
ひっじょーに長くなりそうなので(笑)
そのたび「会社員」と答えていますが
そんな気はあんまりありません。


ぼちぼち書いてみることにします。


私は今、 新卒の学生の採用支援の事業をやってます。

具体的には、企業と学生をつなぐ企画です。
「合同企業説明会」とか
企業と学生をマッチングするイベントを企画したり
学生向けの講演会をやったり。

学生が本当に「やりたいこと=自分の生き方で大切にしたいこと」を探し
企業が本当に「ほしい人材」とマッチングする。
短く言うとそんな仕事です。

合わせて会社では
学生の人材育成と、企業の組織開発をやってます。
例えばすごく意欲的な学生がいても
企業が一緒に伸びる力がなかったらもったいない、
また逆もしかり、です。

今、新卒の学生は本土で3割が、
沖縄ではなんと4割以上が
採用されて3年以内に辞めてしまうらしいのです。
(15年度卒で本土35%/沖縄48%)



私は大学にも半分しか行ってなくて
まして就職活動もしたことないので
あんまり偉そうなことも言えないんですが
私からしたら理解に苦しむことばかり。


最近思うのは、やっぱり大切なことは
何をしていても変わらないんだと思います。

料理人になりたくてホテルに入ったのに
皿洗いがいやで同期が全員辞めた、っていう話を聞きました。

それは 「お客さまに喜ばせたい」
というその人のビジョンがあって、
その手段があくまで「料理」なのであって
皿洗いも次の人が気持ちよく料理を食べるための
「喜ばせる手段」に変わりはないのに
どうしても目先のことに目がいくから辛くなるのかも、と思いました。


さて、私はどうなのか。

私のミッションは「人とひとをつなぐひとになる」です。

自分を通じて知り合った人の輪が広がって
みんなが少しずつ出来ることを出し合えば
もっともっと幸せになるのではないか。

漠然とそんなビジョンを描いています。

1+1=2にならないのが人間関係。
もっと言うと、1+1が0か、3以上のどちらかしかないのです。
  

2007年08月09日

涙は、口を聞かない悲しみの言葉。


ひさびさに枯れるほど泣きました。


悔し泣きなんて、する自分がまた悔しくて泣ける。

しかも運転しながらだから大変。


頭の中はぐるぐる回ってます。



言いたかったことが論理的に説明できなかった

相手の時間ばっかりとってしまった

申し訳なかった

もっとこう出来たのに!?

書類のミス

もう何度もやっているミス

なぜ起こったかの検証

再発防止


ご飯も食べずにとか
毎日夜中までとか
あんまり寝てないとか
別に好きでやってるので
何でもないんですけど

それを認めてもらえなくて泣いた訳じゃなくて
そうまでしても、できないことの多い自分が情けなく
それもそんなに難しいことではなさそうなあたり
めっちゃ悔しいんです。

でもどっかで
ガンバリで差し引いて
甘く見てもらおうと思ってる自分がいないか
自分に厳しく接していこうと意識してます。


「出来てる自分」を描き過ぎなのか
かけはなれてる現実とのギャップを埋めようと
日々、走っています。



灯台下暗し。

ホント、暗いなぁ。


泣き言やグチや言い訳ならば
驚くほどすんなり出てくる。
頭に浮かぶのはロクでもない言葉ばかり。
そんなの本心じゃないと言い聞かすように
人の前では決して言葉に出すまいと心を抑えて
なんとか帰路についたけれど。



苦しいです。


わー正直だ。

でも
「ネバナラナイ」で自分を奮い立たせることが
今は必要。

驚くほどに
何もできないからこそ
できるようになりたいことを明確にして
明日も頑張ろうと思います。
  

2007年06月19日

虹を見た。



大雨が上がり、きれいな虹が上がりました。

ちょっと雨続きだった私に
虹をかけてくれるたくさんの人たち。


その虹を美しいと感じるのは自分。



怒りが閉ざす
こころを閉ざす
うぬぼれがしばる
こころをしばる

—谷川俊太郎


こうあるべきだと絵を描いて
その通りにならない毎日を数えるよりも
「これはあり得ない!」という状況を笑い飛ばしたい。

その方がきっと、
自分も、まわりもラクだ。  

2007年05月03日

しなやかに、たくましく。


最近、眠れません。

夜遅く、ふと考え込んだり
不安になったりして眠れないのではなく、


なぜか、目が冴えてるんです。


起きてるといろんなことを考えてしまうので
最近は掃除したり、明日のための料理をしたりと
気を紛らわせることにしています。


そして朝眠いと意味ないので
ほどほどにしないととは思ってますが(笑






さて。


ここ数日、連日いろんな人と
とっても深い話をしています。


そこで、気づいたことがあります。


これまで、深い話をすると
かなりのエネルギーを消費していました。
話し終わった瞬間にドッと疲れていたのですが、


逆なんです。



清々しい空気とともに
エネルギーが満ちてくる感じ。


うーん。

すごい。





自分が目指していること、
本当の気持ちを確かめるように、
そして弱い心をゆさぶるように、
毎日、いろんな波がやってきます。



でも、波ではなく、流れなのかなと思います。

ただ、出来事が通り過ぎているだけです。
波のように戻りはせず、
ただ、過ぎていく時間の流れの中で
揺らぐか揺らがないかは
まったく自分が決めていることなのだと
ようやく分かってきたのです。


どんなことがあっても、しなやかに、たくましく。

揺るぎない信念を持つこと。

自分の人生にしっかり覚悟を持つこと。


そうやって本当に自分が幸せな状態でいると
周りも幸せを届けられる。



ゴールは見えている。

一つ一つ
回り道もしながら
たどり着けばいい。



ちょっとスッキリしつつあるワタシでした。


  

2007年04月23日

自分にやさしい生活、はじめよう。

突然ですが、
私は頭痛持ちです。

あまり知られてないけど。


けっこう

体は元気なようで
思わぬ爆弾が。


雨が降る、とか
天気が崩れるとダメで、
万年肩こりで連続作業に弱い。


ついでに扁桃腺が弱いことまで判明し
よく熱が出るのはそのせいだと
20歳を越えてから分かるのもどうよって感じだけど
アトピーも17くらいからだっけ。

んー。


17歳。

けっこう無茶してました。



後になって来るとはこのこと。


あんまり改めてないから
まだまだ来るかなぁ…

そろそろ改めないと。


金欠で本格的に自炊している。

ちょうど、「からだにやさしいメニューの開発」なる仕事もある。


ここらでちょっと

自分にやさしい生活、はじめよう。


心の宿題も終えて
おだやかな気持ちで毎日を過ごせる30歳を目指して。  

2007年04月04日

欲を越えて、貢献へ。


聞いた話のアウトプットがマイブーム。
まるで自分が話したかのように、書きます(笑

 
こんな話を聞いた。


『サバイバル → 現状維持 → 欲 → 貢献』


どういう事かって言うと

まず、人間は生きる事に必死になる事から始まって
次にそれを維持していくことに一生懸命になって、
その後は欲が出てくるってこと。

でも、その状態を越えると
本当に、まわりに貢献できる。

欲の段階までは、「おそれ」を持って生きている。

でも、貢献の段階では、愛を持って生きることができる。



これまで自分が苦しい思いをしたとき。
それはどこかで現状維持や、よりよい状態への欲があっただろう。

例えば、周りに貢献しているつもりでも
私はまだ、欲のない貢献はしていないと思っている。

どこかで認められたいとか
どこかで誉められたいとか
自分を良く思われたいとか。


そんな思いに縛られて苦しんでいるとも知らず、
壁にぶつかれば
よりよく生きたいと欲を出し、恐れて生きるハメになる。


ちょっと分かってきた。

何でも、基本は自分。



自分にとって本当に大事な自分を
大切にすることからはじめます。

それは決してワガママしたり、無理したりってことでなく。


そんな私を本当に大切にしてくれる
ご縁あるみなさまを本当に大事にできるように
心の目を磨きたいと思います。


夢。


みんなが幸せに生きられる
元気なまちを作ること。


私も、今ある幸せをしっかり実感して
もーっと幸せになります!  

2007年04月03日

子どもは口、大人は耳。

「人の話、聞いてないよね。」


正面を向いて、まっすぐ相手を見ているのに
あんまりだ、と思ったけれど
よくよく考えてみたら、そうなのかもと思った。

相手の話を聞くとき、それに対する自分の意見を
すぐに思い浮かべてはいないか。

まず、聴く。


門の中に耳がある。
囲いの中に耳を閉じこめる。
常に自分の都合のいいように聞こえる。


十個の目を心の上に置いて
しっかり耳を傾ける。


聴く。



子どもはまず、口が先。
大人は、耳。


まず相手の思いを丸ごと受け入れる。

大人って、むずかしい。


今日から
「でも」をやめてみる。