2007年04月29日
楽しむ、ということ。
心から楽しむことが苦手です。
楽しもうと『ガンバッテ』しまうほうです。
それではあまり、意味がない。
でも、うまくできない。
心から楽しむということは
その相手を心から信用することにもつながるのか。
この相手になら自分を全部見せてもいいとか
そんな安心感が、心からの楽しみを生むのだろうか。
でも、周りのことは信頼しているから。
見せたくない訳ではないけど。
なんだか、楽しめない。
ことも、多い。
考えているうち
私が心から楽しんだ瞬間を
思い出してみた。
「うわぁ、楽しー!」と思ったとき。
そんな時は
「自分のことすら忘れていた。」
そうだった。
こころから楽しんで、
こころを開放(解放)したとき
自分すらいなくなる。
こんな単純なことを
忘れかけていた。
時々思うことがある。
大正末期か1950年ごろに生まれていたら
今の私はぴったりな性格かもしれない。
危険な表現だけど。
きっとお国のために真っ先に戦地に行こうとしたに違いないとか
学園紛争で自由を勝ち取るとかって真っ先に飛び込んだに違いないとか
そしてそれをきっと周りにも強要したりとか
『ガンバル』『認められ好き』な私はきっとそうなっただろうな、とふと思うのです。
でも、
何の因果か生きているのは今。
慰霊塔を巡ると、私はふと沖縄で死んだことがあるような気までしてくるのです。
そして次は戦後短い期間にもう一度死んでるような気がする。
でも、今こうして生きている。
時代の流れにおいていかれるように
なんだか寂しさを感じます。
寂しく思ってる場合じゃない。
そう思えば思うほど
また
がんばろうとしてしまう。
どうにか
毎日を楽しみたいものです。
2007年04月28日
弱い自分を認めて。
時間が経つのがとても早い。
かといって、30時間いただいても
それなりな時間の使い方になるんだろうけど。
最近、体が疲れていることもあって
自分の時間も作ろう、と少し努力している。
やっぱり体は資本。
ところで。
昨日、 TEAMGOGO!のミーティングに参加した。
http://teamgogookinawa.ti-da.net/
ずいぶん前からこのプロジェクトのことは知っていたけど、
動き出すところまでいってなかった。
動き出すきっかけと
出会いを下さった皆様に感謝です。
できること、やっていきます。
私は弱い人間です。
ふわふわと地に足の着かないことをやっては
周りに迷惑をかけています。
前職をやめたことも
まだまだお知らせしきれていません。
いろんなことから
言い訳をたくさん作っては逃げています。
弱い自分を認めること。
そんな
たったそんだけのことが怖くて
できなくて。
迷っています。
弱いくせに、責められるのが怖いから
つい責めてしまいます。
でも、昨日気づきました。
自分を苦しめる生き方をするのはやめよう、と。
そうやって『ガンバル』だけ
周りには苦しそうな自分が映る。
それは良くない。
学習しないな。
ふとそう思った。
いいかげんにこのパターン、学習しないと。
つい、『ガンバッテ』しまうから。
手を抜かず、気を抜かず、
心を込めて生きたいです。
2007年04月23日
自分にやさしい生活、はじめよう。
突然ですが、
私は頭痛持ちです。
あまり知られてないけど。
けっこう
体は元気なようで
思わぬ爆弾が。
雨が降る、とか
天気が崩れるとダメで、
万年肩こりで連続作業に弱い。
ついでに扁桃腺が弱いことまで判明し
よく熱が出るのはそのせいだと
20歳を越えてから分かるのもどうよって感じだけど
アトピーも17くらいからだっけ。
んー。
17歳。
けっこう無茶してました。
後になって来るとはこのこと。
あんまり改めてないから
まだまだ来るかなぁ…
そろそろ改めないと。
金欠で本格的に自炊している。
ちょうど、「からだにやさしいメニューの開発」なる仕事もある。
ここらでちょっと
自分にやさしい生活、はじめよう。
心の宿題も終えて
おだやかな気持ちで毎日を過ごせる30歳を目指して。
私は頭痛持ちです。
あまり知られてないけど。
けっこう
体は元気なようで
思わぬ爆弾が。
雨が降る、とか
天気が崩れるとダメで、
万年肩こりで連続作業に弱い。
ついでに扁桃腺が弱いことまで判明し
よく熱が出るのはそのせいだと
20歳を越えてから分かるのもどうよって感じだけど
アトピーも17くらいからだっけ。
んー。
17歳。
けっこう無茶してました。
後になって来るとはこのこと。
あんまり改めてないから
まだまだ来るかなぁ…
そろそろ改めないと。
金欠で本格的に自炊している。
ちょうど、「からだにやさしいメニューの開発」なる仕事もある。
ここらでちょっと
自分にやさしい生活、はじめよう。
心の宿題も終えて
おだやかな気持ちで毎日を過ごせる30歳を目指して。
2007年04月22日
思考能力低下。
自分に苦手なことは
私がイチバン知っている。
できなかったこと。
見ないようにしていること。
すべて、私が知っている。
それは人生の宿題。
片付けないと、次に進めない。
忘れているわけにはいかない。
でも、その一歩が進めないのは
ちょっと体力が低下しているからか。
心のエネルギーは万全だけれど
体がついてこない。
こういう日はまず、休ませてもらうことにしよう。
体は資本です。
2007年04月20日
言葉がおりてくる。
今日は月が見えない夜だった。
最近、言葉が勝手に出てくる。
何だろう。
別にすごく考えているわけではないのに
ぱっと口から出た言葉が
「すごく納得した!」とか
「その言葉が聞きたかった!」とか言っていただける。
うーん。
インスピレーション!?
いかんいかん…
ちょっとは考えてしゃべろ。
いや、考えてんだけどな…
なんでだろう。
不思議な感覚です。
2007年04月19日
パワーアップの奇跡。
先日、社長と8時間語りました。
夜の7時半から、朝の3時半まで。
忙しい社長の時間をここまで割いてもらって、
ホントにありがたかったです。
と思えたのは終わってからで(正直なワタシ!*笑)
最初はそうは思えませんでした。
でも、気づきのあと、ひたすら感謝でした。
そして、あまるほどのエネルギーが湧いてきました。
結局、自分が苦しいのは、
自分が苦しめているということに
ようやく気がついたんです。
例えば、大学を中退した事。
自分で決めて辞めたんだけど、
どこかで大学生にコンプレックスを感じてた。
例えば、弟の結婚。
両親の望むような形で自分が生きていないような気がして
勝手に落ち込んでみたりもした。
だけど、それはすべて自分で決めた事で
誰に言われて、言う事を聞いている訳ではない。
まして
親はいつも私の味方だった。
と思う。
絶大な信頼を私において、
沖縄に行かせてくれた。
事業への援助も惜しみなくしてくれた。
だけど、それに依存していた。
今の会社は社長と二人。
入社3ヶ月。
自分で「苦しい」と思っていた部分は
単純にコミュニケーション不足からくるものだったり、
勝手に作り上げた固定観念だった。
そして、社長に依存していた。
でもこれからは違う。
社長のご友人が私をこう予言された。
「きっと、プロデューサーになるよ。」
0を1にするのは社長、
1を10にする方法を最大限考えるのが私。
ここ沖縄から、
日本が忘れかけてしまっているものを発信する。
それを、若者の力で実現する。
そのために、本気で関わってくれる若者との出会いを広げる。
そのために、本気で関わってくれるオトナたちとの出会いを広げる。
その覚悟はできました。
ようやく「腑に落ちた」感じです。
遅ればせながら、幸せに生きます!
あ。「幸せに生きます」とは言え
ピンクな話でも何でもないので誤解のないように(笑)
まさに、奇跡でした。
こんな風にパワーアップできると思ってなかった。
起こるすべての出来事はもちろん偶然で必然。
奇跡は起こる、けれども
それに気づいたり、その出来事から学んで
自分のものに出来るかどうか、が
一番大事なのかもしれない、とも思いました。
これから、自分の役割をしっかり果たします。
パワーアップするために、何をやったか。
それはまた後日。
夜の7時半から、朝の3時半まで。
忙しい社長の時間をここまで割いてもらって、
ホントにありがたかったです。
と思えたのは終わってからで(正直なワタシ!*笑)
最初はそうは思えませんでした。
でも、気づきのあと、ひたすら感謝でした。
そして、あまるほどのエネルギーが湧いてきました。
結局、自分が苦しいのは、
自分が苦しめているということに
ようやく気がついたんです。
例えば、大学を中退した事。
自分で決めて辞めたんだけど、
どこかで大学生にコンプレックスを感じてた。
例えば、弟の結婚。
両親の望むような形で自分が生きていないような気がして
勝手に落ち込んでみたりもした。
だけど、それはすべて自分で決めた事で
誰に言われて、言う事を聞いている訳ではない。
まして
親はいつも私の味方だった。
と思う。
絶大な信頼を私において、
沖縄に行かせてくれた。
事業への援助も惜しみなくしてくれた。
だけど、それに依存していた。
今の会社は社長と二人。
入社3ヶ月。
自分で「苦しい」と思っていた部分は
単純にコミュニケーション不足からくるものだったり、
勝手に作り上げた固定観念だった。
そして、社長に依存していた。
でもこれからは違う。
社長のご友人が私をこう予言された。
「きっと、プロデューサーになるよ。」
0を1にするのは社長、
1を10にする方法を最大限考えるのが私。
ここ沖縄から、
日本が忘れかけてしまっているものを発信する。
それを、若者の力で実現する。
そのために、本気で関わってくれる若者との出会いを広げる。
そのために、本気で関わってくれるオトナたちとの出会いを広げる。
その覚悟はできました。
ようやく「腑に落ちた」感じです。
遅ればせながら、幸せに生きます!
あ。「幸せに生きます」とは言え
ピンクな話でも何でもないので誤解のないように(笑)
まさに、奇跡でした。
こんな風にパワーアップできると思ってなかった。
起こるすべての出来事はもちろん偶然で必然。
奇跡は起こる、けれども
それに気づいたり、その出来事から学んで
自分のものに出来るかどうか、が
一番大事なのかもしれない、とも思いました。
これから、自分の役割をしっかり果たします。
パワーアップするために、何をやったか。
それはまた後日。
2007年04月18日
2007年04月17日
夜更かし娘の独り言
『ありがとう』=『難がある』のに=感謝?難。
難しいことや、我が身にふりかかる災難の数々。
しかし、そんなときにこそ気づくことがたくさん。
まだまだ修行が足りないワタシは、日々自分で作った壁や環境、周りの言葉に自分を振り回しています。
がんばれワタシ〜
2007年04月12日
おきなわのコトバ。

沖縄に、『ナンクルナイサ』という言葉があります。
どうにかなるさ、という意味だと思っている方が
県内外問わず多いと思いますが
実はコレ、ちょっと違うんです。
どうにかなるさ、なんだけど
決して人任せな言葉ではなくて
自分で出来る限りの事はすべてやったから
あとは神様どうかお願いしますという言葉。
出来る事は全部やったから、
心配してもしょうがないよ、あとは運を天に任そう
という
とても奥の深い言葉。
だそうです。
今は九州にいる先輩が言ってました。
この方からはいろいろ沖縄の方言を習いました。
「ないるうっさー」
できるかぎりのこと、という意味。
ないる=できる
うっさ=これだけ
「ないるうっさーやさ。」
とよく言われました。
もっと頑張れという事ではなく
出来る以上の無理をするなという事です。
のんびりしていて、がんばらない。
そういうことではなくて
常に静かにしたたかに
自分の出来る事を精一杯やっている。
それを分かち合って街が出来ている。
そんなオキナワで暮らしています。
2007年04月11日
ワタシを、ワタシがゆるせるように。
昨日の言葉。
これは、自分自身への言葉。
昨日の登校拒否の子に電話をしてから、
どうもいろいろ考えています。
かなり長文ですが、まだまだ書けそうな勢いです。
言葉にならない思いがあふれています。
自分勝手ですが…まず文字にしたくて。
誰よりも、自分が自分を許せていなかったことに、
ようやく気づき始めた。
今年2月。
4年半続けた宿をやめた。
「完全に次に進むには、作り上げたのと同じ時間がかかる」
と、『おおしろ』の母ちゃん。
私は宿のこともそうだけど、ある事に気づいた。
14年と少し作り上げてきた私の世界が変わった日。
1995年1月17日。
あれから約12年が経って、
もう少しでそれまでの時間を越える。
そのとき自分は本当に
それまで自分が生き残ったことに意味を見いだし
許せるのではないかと
ふと、思った。
『おまけの人生』だと思うようにしていた。
偶然生き残ったのは意味があると
自分に言い聞かせながら生きてきた。
きっと同級生たちもそんな思いだと思う。
でも、本当の意味で自分は納得していなかったのだと思う。
認めたくなかったのだと思う。
肯定してしまえば、喜んでいるようで。
映画『ひめゆり』を見て
「生きたかった」同級生の思いを伝えている
たくさんのオバァたちの声を聞いた。
私はどこまで伝えられるだろう。
…………………………………………………………
「若いのに、すごいね」
勉強はできなくとも、生徒会長をやっていれば
大学を途中でやめようとも、ボランティアと呼ばれる事をしていれば
周りはホメてくれた。
でも、そんな自分をどこかで許せてなかった。
「きちんと」大学で勉強して
「普通に」働くことにこだわっていたのは
誰よりも自分だったかもしれない。
家族の中で一人だけ高卒で、
親にお金を借りて始めた宿もあっさり辞めて就職したり、
あげくに毎日好きなことを一生懸命。
自分でそう決めたんだ、と口では言っていても、
本当は、その決断に自信はなくて
自分で自分を許せてなかった。
昨日、弟が入籍。
弟と自分を比べて
いつからか自分を越えていた弟に
とても劣等感を感じていた。
役割も得意な事も違うのに
「きょうだい」はやっぱ意識してしまう。
そして無意識に周りのすべての人と自分を比べて
優越感に浸ったり、悔しがったりした気持ちが
心の奥底にあるのかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
でも、気づいたって事は何かが変わるに違いない。
自分が自分をゆるせるように
毎日一生懸命やればいい。
そんな風に過ごしていこう。
私の気持ちの奥底にあったもの。
ようやく見つめる事が出来そうです。
いつもにっこり笑うこと。
自分のみにくさを恥じぬこと。
人の身になって思うこと。
忘れかけてた言葉を、三回唱えて今日は寝ます。
これは、自分自身への言葉。
昨日の登校拒否の子に電話をしてから、
どうもいろいろ考えています。
かなり長文ですが、まだまだ書けそうな勢いです。
言葉にならない思いがあふれています。
自分勝手ですが…まず文字にしたくて。
誰よりも、自分が自分を許せていなかったことに、
ようやく気づき始めた。
今年2月。
4年半続けた宿をやめた。
「完全に次に進むには、作り上げたのと同じ時間がかかる」
と、『おおしろ』の母ちゃん。
私は宿のこともそうだけど、ある事に気づいた。
14年と少し作り上げてきた私の世界が変わった日。
1995年1月17日。
あれから約12年が経って、
もう少しでそれまでの時間を越える。
そのとき自分は本当に
それまで自分が生き残ったことに意味を見いだし
許せるのではないかと
ふと、思った。
『おまけの人生』だと思うようにしていた。
偶然生き残ったのは意味があると
自分に言い聞かせながら生きてきた。
きっと同級生たちもそんな思いだと思う。
でも、本当の意味で自分は納得していなかったのだと思う。
認めたくなかったのだと思う。
肯定してしまえば、喜んでいるようで。
映画『ひめゆり』を見て
「生きたかった」同級生の思いを伝えている
たくさんのオバァたちの声を聞いた。
私はどこまで伝えられるだろう。
…………………………………………………………
「若いのに、すごいね」
勉強はできなくとも、生徒会長をやっていれば
大学を途中でやめようとも、ボランティアと呼ばれる事をしていれば
周りはホメてくれた。
でも、そんな自分をどこかで許せてなかった。
「きちんと」大学で勉強して
「普通に」働くことにこだわっていたのは
誰よりも自分だったかもしれない。
家族の中で一人だけ高卒で、
親にお金を借りて始めた宿もあっさり辞めて就職したり、
あげくに毎日好きなことを一生懸命。
自分でそう決めたんだ、と口では言っていても、
本当は、その決断に自信はなくて
自分で自分を許せてなかった。
昨日、弟が入籍。
弟と自分を比べて
いつからか自分を越えていた弟に
とても劣等感を感じていた。
役割も得意な事も違うのに
「きょうだい」はやっぱ意識してしまう。
そして無意識に周りのすべての人と自分を比べて
優越感に浸ったり、悔しがったりした気持ちが
心の奥底にあるのかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
でも、気づいたって事は何かが変わるに違いない。
自分が自分をゆるせるように
毎日一生懸命やればいい。
そんな風に過ごしていこう。
私の気持ちの奥底にあったもの。
ようやく見つめる事が出来そうです。
いつもにっこり笑うこと。
自分のみにくさを恥じぬこと。
人の身になって思うこと。
忘れかけてた言葉を、三回唱えて今日は寝ます。
2007年04月10日
自分を見つめる。
『子どもが学校に行けなくなりました』
一通の手紙が届いた。
毎年、私は5〜7月は兵庫県の北部の山の中にいる。
ある意味、人生の修行に。
大学時代から続けている、小学生のキャンプの指導員の仕事で
約2ヶ月間、山にいるのだけれど、その間におよそ1000人の子供たちに会う。
手紙は昨年の教え子のお母さんからだった。
そのキャンプの日々とワタシ(藤原)の事は楽しそうに話すから、と
ワラをもすがる思いで手紙を下さったのだと思う。
先生やお母さんとも電話で話をして、
本人に電話で話す事にした。
以外に元気だったので安心。
最初は無難に「元気?」ぐらいですませようと思ったけど…すまなかった。(笑)
いいんだよ、学校に行かなくたって。
でもその代わり、家にいるのがダメとか恥ずかしいとか自分で思うなら、
学校に行きなさい。
自分が一番、納得して、自信を持って、胸を張れる答えを
一生懸命探してみたら?
学校に行って毎日泣いているより
家にいても元気で笑ってる方がいいよ。
だって、学校に行かなくても
友達も、家族も、先生も。
あなたにとって大切なものはどこにも行かない。
ちゃんと、毎日楽しんでる?
幸せになっていいんだよ。
その答えが学校に行く、じゃなくてもいいんだよ。
…そんな話をした。
そしてそれをお母さんに伝えた。
「学校に行って毎日泣いているより
家にいても元気で笑ってる方がいい。
お母さんだって、そういうお気持ちじゃないですか?」
と。
返事に少し間があった。
ビンゴだ。と思った。
この子はキャンプでもホームシックになるほどだったから
きっと家族が大好きに違いない。
でも、その家族に
今学校に行けてない自分が認められてないんじゃないかって
不安なんだと思う。
学校に行こうが、家にいようが
あなたはあなただから。
せめて元気で、楽しく暮らして。
そう言ってあげてください、と言葉を加えたとき
お母さんの話し方が変わった。
「そう…ですよね。」
カウンセリングなどを経ても誰も言わなかったんだろうか。
そんな基本的な事を。
いや、きっと言えなかったのかもしれない。
私はあまりに無責任な賭けに出た。
結果オーライだけど、危なかった(笑)
でもね。出会いの中で必ず学びはあると思う。
だから、ぜひ、表には出てほしいなと思う。
その場所の一つが学校。
悲しいとき、怒ったとき、辛いとき。
一番心が育つとき。
小さな周りの問題に振り回されるんじゃなくて
自分の本当の気持ちに正直に、自信を持てばいい。
がんばらなくていい。
でもしっかり考えて、毎日が楽しくなるように。
自分への言葉のようで、なんだか響く。
一通の手紙が届いた。
毎年、私は5〜7月は兵庫県の北部の山の中にいる。
ある意味、人生の修行に。
大学時代から続けている、小学生のキャンプの指導員の仕事で
約2ヶ月間、山にいるのだけれど、その間におよそ1000人の子供たちに会う。
手紙は昨年の教え子のお母さんからだった。
そのキャンプの日々とワタシ(藤原)の事は楽しそうに話すから、と
ワラをもすがる思いで手紙を下さったのだと思う。
先生やお母さんとも電話で話をして、
本人に電話で話す事にした。
以外に元気だったので安心。
最初は無難に「元気?」ぐらいですませようと思ったけど…すまなかった。(笑)
いいんだよ、学校に行かなくたって。
でもその代わり、家にいるのがダメとか恥ずかしいとか自分で思うなら、
学校に行きなさい。
自分が一番、納得して、自信を持って、胸を張れる答えを
一生懸命探してみたら?
学校に行って毎日泣いているより
家にいても元気で笑ってる方がいいよ。
だって、学校に行かなくても
友達も、家族も、先生も。
あなたにとって大切なものはどこにも行かない。
ちゃんと、毎日楽しんでる?
幸せになっていいんだよ。
その答えが学校に行く、じゃなくてもいいんだよ。
…そんな話をした。
そしてそれをお母さんに伝えた。
「学校に行って毎日泣いているより
家にいても元気で笑ってる方がいい。
お母さんだって、そういうお気持ちじゃないですか?」
と。
返事に少し間があった。
ビンゴだ。と思った。
この子はキャンプでもホームシックになるほどだったから
きっと家族が大好きに違いない。
でも、その家族に
今学校に行けてない自分が認められてないんじゃないかって
不安なんだと思う。
学校に行こうが、家にいようが
あなたはあなただから。
せめて元気で、楽しく暮らして。
そう言ってあげてください、と言葉を加えたとき
お母さんの話し方が変わった。
「そう…ですよね。」
カウンセリングなどを経ても誰も言わなかったんだろうか。
そんな基本的な事を。
いや、きっと言えなかったのかもしれない。
私はあまりに無責任な賭けに出た。
結果オーライだけど、危なかった(笑)
でもね。出会いの中で必ず学びはあると思う。
だから、ぜひ、表には出てほしいなと思う。
その場所の一つが学校。
悲しいとき、怒ったとき、辛いとき。
一番心が育つとき。
小さな周りの問題に振り回されるんじゃなくて
自分の本当の気持ちに正直に、自信を持てばいい。
がんばらなくていい。
でもしっかり考えて、毎日が楽しくなるように。
自分への言葉のようで、なんだか響く。
2007年04月09日
迷うことはない。
どっちを取っても 間違いじゃない。
奈央子が選んだモノが
また
面白い日々をつくってゆく。
奈央子が閃くままに ゆけばいい。
にしやんに書き下ろしをしてもらいました。
「迷っているのが前提みたい。こんな書き出しは珍しい。」
と言っていました。
迷っている、というよりは
そろそろふっきれつつある感じです。
自分がどうすべきかはもう見えてきているように思うのです。
いちいち、これでいいのかなぁ、と思うよりも
その選択で自分が胸を張って生きられるかを基準に
せいいっぱいやっていこうと思います。
動き続ける中にしか、答えはないから。
立ち止まって考えるより
とにかく目の前の事に手を抜かないようにしようと思います。
先日、私の再出発をお祝いしてもらったとき。
母と慕う大城邦子さんがみんなにこんなことをおっしゃいました。
「今まで皆さんはナオのいいところを好きになって、支えてくれました。
これからはナオのできないところを好きになってやってください。」
ありがたかった。
ほんとに。
すべてをまるごと受け止めてくれる。
そんなあたたかい人に囲まれて暮らせる幸せを日々に
ひたすら感謝です。
明日から新しい1週間が始まります。
さぁ、楽しく、ワクワクする1週間を、はじめよう。
奈央子が選んだモノが
また
面白い日々をつくってゆく。
奈央子が閃くままに ゆけばいい。
にしやんに書き下ろしをしてもらいました。
「迷っているのが前提みたい。こんな書き出しは珍しい。」
と言っていました。
迷っている、というよりは
そろそろふっきれつつある感じです。
自分がどうすべきかはもう見えてきているように思うのです。
いちいち、これでいいのかなぁ、と思うよりも
その選択で自分が胸を張って生きられるかを基準に
せいいっぱいやっていこうと思います。
動き続ける中にしか、答えはないから。
立ち止まって考えるより
とにかく目の前の事に手を抜かないようにしようと思います。
先日、私の再出発をお祝いしてもらったとき。
母と慕う大城邦子さんがみんなにこんなことをおっしゃいました。
「今まで皆さんはナオのいいところを好きになって、支えてくれました。
これからはナオのできないところを好きになってやってください。」
ありがたかった。
ほんとに。
すべてをまるごと受け止めてくれる。
そんなあたたかい人に囲まれて暮らせる幸せを日々に
ひたすら感謝です。
明日から新しい1週間が始まります。
さぁ、楽しく、ワクワクする1週間を、はじめよう。
2007年04月06日
2007年04月04日
欲を越えて、貢献へ。
聞いた話のアウトプットがマイブーム。
まるで自分が話したかのように、書きます(笑
こんな話を聞いた。
『サバイバル → 現状維持 → 欲 → 貢献』
どういう事かって言うと
まず、人間は生きる事に必死になる事から始まって
次にそれを維持していくことに一生懸命になって、
その後は欲が出てくるってこと。
でも、その状態を越えると
本当に、まわりに貢献できる。
欲の段階までは、「おそれ」を持って生きている。
でも、貢献の段階では、愛を持って生きることができる。
これまで自分が苦しい思いをしたとき。
それはどこかで現状維持や、よりよい状態への欲があっただろう。
例えば、周りに貢献しているつもりでも
私はまだ、欲のない貢献はしていないと思っている。
どこかで認められたいとか
どこかで誉められたいとか
自分を良く思われたいとか。
そんな思いに縛られて苦しんでいるとも知らず、
壁にぶつかれば
よりよく生きたいと欲を出し、恐れて生きるハメになる。
ちょっと分かってきた。
何でも、基本は自分。
自分にとって本当に大事な自分を
大切にすることからはじめます。
それは決してワガママしたり、無理したりってことでなく。
そんな私を本当に大切にしてくれる
ご縁あるみなさまを本当に大事にできるように
心の目を磨きたいと思います。
夢。
みんなが幸せに生きられる
元気なまちを作ること。
私も、今ある幸せをしっかり実感して
もーっと幸せになります!
2007年04月03日
子どもは口、大人は耳。
「人の話、聞いてないよね。」
正面を向いて、まっすぐ相手を見ているのに
あんまりだ、と思ったけれど
よくよく考えてみたら、そうなのかもと思った。
相手の話を聞くとき、それに対する自分の意見を
すぐに思い浮かべてはいないか。
まず、聴く。
門の中に耳がある。
囲いの中に耳を閉じこめる。
常に自分の都合のいいように聞こえる。
十個の目を心の上に置いて
しっかり耳を傾ける。
聴く。
子どもはまず、口が先。
大人は、耳。
まず相手の思いを丸ごと受け入れる。
大人って、むずかしい。
今日から
「でも」をやめてみる。
正面を向いて、まっすぐ相手を見ているのに
あんまりだ、と思ったけれど
よくよく考えてみたら、そうなのかもと思った。
相手の話を聞くとき、それに対する自分の意見を
すぐに思い浮かべてはいないか。
まず、聴く。
門の中に耳がある。
囲いの中に耳を閉じこめる。
常に自分の都合のいいように聞こえる。
十個の目を心の上に置いて
しっかり耳を傾ける。
聴く。
子どもはまず、口が先。
大人は、耳。
まず相手の思いを丸ごと受け入れる。
大人って、むずかしい。
今日から
「でも」をやめてみる。
2007年04月02日
歩いていける。
ある夜。
一本の電話が鳴った。
「アンタ、見合いさせるからね!」
えぇぇ!
まぢっすか。
いやー困る。(何がだ)
「大切な人だから、必ず来るのよ!」
大切だかどーだか知らないけど見合いは嫌だ。
でもこの電話の主は、沖縄の母と慕う大切な人。
逆らえるはずがない(笑)
で、昨夜。
おそるおそる扉を開くと…
そこには15人くらいの男女が!
ん?合コン!?
や、でも年齢層が高いような…(笑
既婚者もいるような…(笑
しかも、いつもの顔。
みなさん、普段から良く存じ上げてる方ばかり。
ま、食事会かなーともぐもぐ。
ひとしきり食べた後で…
Yさんが一言。
「では、ここで重大発表が…」
そこに母ちゃんとマイミク姐姐がご挨拶。
「実は、できちゃった婚します!」
というお決まりのネタ(笑)で会場大爆笑。
さては、姐姐のピンクな話発表会かなーと思いきや!
「奈央子、今までお疲れ!」
????

そうなんです。
私がヤポネシアを慌ただしくやめて、
周りの皆さんにご挨拶もロクにせずにいたのに
再出発を祝うため、
こんなにすてきな会を企画してくださったんです。

いやー。
嬉しすぎて涙も出ませんでした。
(泣かそうって企画だったそうですが)
ホントに。
心が持ち上がる感じで。
ふわーっと笑顔しか出ませんでした。
親戚もなく、沖縄に来たのが21歳の時。
今まで私は、「やりたいこと」を反対されることなく
常に自分のやりたいことを応援してもらってきました。
でも、その賞賛に甘えて
好き勝手ばっかりやってきたと思います。
ひとつひとつ、本当に自分の力をつけていきたい。
そう思って、ヤポネシアをバトンタッチしました。
※新しいヤポは、
「皆がいつでもかえって来れるあたたかい場所」という
ヤポのコンセプトそのままに
「みん(みんなの)宿 ヤポネシア」として続けてくださっています。
こうして、新しい仕事に就き、
またやろうとしていることが変わっても
私のやることだからと応援してくださる。
ホントに、幸せです。
よしっ。
夢に向かって、歩き始めます!
みなさん、ホントにありがとうございます!
余談ですが、
おおしろから生まれたフォークデュオ、
Laugh&Teaのお披露目も少しさせていただきました。
☆デビュー(デブーではない)の画像は遊さんブログにて。
一本の電話が鳴った。
「アンタ、見合いさせるからね!」
えぇぇ!
まぢっすか。
いやー困る。(何がだ)
「大切な人だから、必ず来るのよ!」
大切だかどーだか知らないけど見合いは嫌だ。
でもこの電話の主は、沖縄の母と慕う大切な人。
逆らえるはずがない(笑)
で、昨夜。
おそるおそる扉を開くと…
そこには15人くらいの男女が!
ん?合コン!?
や、でも年齢層が高いような…(笑
既婚者もいるような…(笑
しかも、いつもの顔。
みなさん、普段から良く存じ上げてる方ばかり。
ま、食事会かなーともぐもぐ。
ひとしきり食べた後で…
Yさんが一言。
「では、ここで重大発表が…」
そこに母ちゃんとマイミク姐姐がご挨拶。
「実は、できちゃった婚します!」
というお決まりのネタ(笑)で会場大爆笑。
さては、姐姐のピンクな話発表会かなーと思いきや!
「奈央子、今までお疲れ!」
????
そうなんです。
私がヤポネシアを慌ただしくやめて、
周りの皆さんにご挨拶もロクにせずにいたのに
再出発を祝うため、
こんなにすてきな会を企画してくださったんです。
いやー。
嬉しすぎて涙も出ませんでした。
(泣かそうって企画だったそうですが)
ホントに。
心が持ち上がる感じで。
ふわーっと笑顔しか出ませんでした。
親戚もなく、沖縄に来たのが21歳の時。
今まで私は、「やりたいこと」を反対されることなく
常に自分のやりたいことを応援してもらってきました。
でも、その賞賛に甘えて
好き勝手ばっかりやってきたと思います。
ひとつひとつ、本当に自分の力をつけていきたい。
そう思って、ヤポネシアをバトンタッチしました。
※新しいヤポは、
「皆がいつでもかえって来れるあたたかい場所」という
ヤポのコンセプトそのままに
「みん(みんなの)宿 ヤポネシア」として続けてくださっています。
こうして、新しい仕事に就き、
またやろうとしていることが変わっても
私のやることだからと応援してくださる。
ホントに、幸せです。
よしっ。
夢に向かって、歩き始めます!
みなさん、ホントにありがとうございます!
余談ですが、
おおしろから生まれたフォークデュオ、
Laugh&Teaのお披露目も少しさせていただきました。
☆デビュー(デブーではない)の画像は遊さんブログにて。
2007年04月01日
困ったときの神頼み
困ったわけではないけど、何となく辿りつきました。自分の思いを確かめるために。
私には夢がある。
私に関わるすべての人が幸せに暮らせること。
そんな街を作ること。
道は遠いかもしれない。
だけど必ずできる。
未来のための今は、今しかない。
楽しんでやって行こう。






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